ミュージシャンの耳というものは年々変化してゆく。
経験を積み、学べば学ぶほど音の聞こえ方が変わってくる、というかむしろ感じ方、考え方が変わってくるのかもしれない。
同じ音を聞いているけれど、あるときは適正に聞こえ、あるときは邪魔に聞こえる。
それを「好み」という言葉で説明するのは簡単だが、その音を選択した由縁をハッキリさせておく必要がアーティストには必要である。
今の自分の音に対する感覚を書き記しておきたい。
2005年にリリースした「Love Guitar」の時、お気に入りのマイキング・ポジションはギターのネックとボディがジョイントする部分、つまり12~14フレットを狙った場所だった。
「マイクで狙う場所=音色の調整」と考えればこの場所に勝るものはないかもしれない。
とてもクリアーで低音と高音のバランスも良いし、何よりギターの箱鳴りのボフボフいう空気の音が少ない。
この場所で録音したギターの音はバランスよく、後からイコライジングをする必要は少ない。
それゆえにここ数年そのポジションで録音をしてきた。
しかし今回のレコーディングの時、同じマイク・ポジションを試したとき今までと違った感覚が自分を襲った。
どうも物足りない。
確かにバランスは良くて聞こえやすい。
でもなんだかパワーに欠けるような気がしてきた。
パワー、音圧が足らないから気持ちをこめて弾いたメロディに「本気」の成分が入ってこないような気がした。
音楽はメッセージと感動を届けるもの。
演奏者の本気を感じてほしいからこそ、エネルギー感のようなものが必要なんだ。
ライブではそれが容易に表現できるけど、CDなどレコーディング作品にそれを詰め込むのは本当に難しい。
すべてのミュージシャンがその難しさを感じているだろうし、諦めて別の価値観(クオリティ感、完璧性)の作品づくりをしているかもしれない。
僕らもかつてはそうだったかもしれないが、今回はそうでないものを作りたくなった。
試行錯誤を繰り返して録音実験を重ねた。
その結果みつけたベストのマイク・ポジションは、なんと以前一番良くないと思っていた場所だった。
それはギターのサウンドホールの真ん前。
ここはホールから押し出される空気がマイクに直であたってしまい、ボフボフという音が一緒に録音されてしまう場所。
なので自分たちではマイクを立ててはいけない場所と考えて、自動的に選択肢からはずしてきた。
しかし試してみると音がダイレクトに飛んでくる感覚が最も高く、ボフボフという音をのぞけば一番エネルギー感、あたたかみ、太さのある音色が出ている場所だとわかってきた。
この場所で良い感じに録音する方法はないだろうか?
マイクの前にボーカル録音の時に使うエアシールドをつけてみた。
最近は金属で出来たタイプのものもあり、これだと音が曇らないでボフボフ音だけ低減させることができる。
無指向性のマイクと組み合わせてこれをやってみた。
非常にいい感じだが、部屋の鳴りがとれてしまいパンチが足りない。
そこでガンタイプの単一指向性マイクに切り替える。
これが的中、一番よい形で集音できた。
自分たちの良いと思っていた価値観が、時間の流れとともに通用しなくなる。
まさに社会の流れと同じ現象だと思う。
でもそれこそが進歩というものなんだろう。
だから常に自分の価値観を刷新し、実験を続けてゆくことが大事なんだなと強く思う。